川崎宿 東海道53次珍道中
投稿日 2009年12月31日
カテゴリー 日々のこと
川崎宿

六郷橋を渡って川崎駅方面に折れて行くと「新宿という町」という立て看板に出くわします。
これによると川崎宿は他の宿場より遅く作られたため、このあたりを新宿と呼ばれていましたそうです。東京の新宿も確かそういう事だったと記憶しています。
しかしこの新宿という地名も至る所に目にします。由来はみな同じなんでしょうか。
いさご通り
川崎の商店街「砂子通り」が旧東海道という事で当時はここを行き来していたそうです。
砂子通りには田中本陣跡があり今はその面影は残っていません。(歯医者になっていました。)
主要な宿場に本陣と、人馬問屋があったとされています。本陣とは大名や僧侶など位の高い貴人の宿舎として使われており、人馬問屋とは馬や人足をここで交換する問屋として使われていた場所です。人足とは次の宿場まで荷物を運んで生計を立てていた人達で今で言うと宅急便みたいなものでしょうか。
写真は、現在の川崎宿です。
ここへきて足の痛みはさることながら、目までも痛みだしました。この旅で気付いたのですが、日本橋から西へ西へ歩く旅なので常に西日を正面に受けているのです。紫外線が目に入って涙がボロボロと止まらないのです。
普段サングラスをかける習慣が無いため持参しておらず、しかたなく玩具みたいなサングラスを購入しました。
しかし、これが優れモノでかけた途端に視界が柔らかくなり、痛みも嘘のようになくなり辺りがよく観察できるようになりました。
関連する記事を読む
コメント
コメントする
![ホームページ制作会社アフラット[神奈川,東京都,横浜] a-flat ホームページ制作会社アフラット[神奈川,東京都,横浜] a-flat](http://www.aflat.com/img/logo.jpg)







